手作り市雑感

私が作り手として、青空個展とか野外の手作り市イベントに魅せられるのは、主催者側のコンセプトが自分の中でシックリくるからだ。

 

青空個展なんかは、若手作家の支援がそのコンセプト。

だから、そのコンセプトを全うするような細かい決まりごとが面倒なくらいあったりするのだけど、

それでも、根幹がはっきりしているから、多くの作家もそれで納得しているんだろうし、勿論自分の胸にもすっきりと落ちてくるものがある。

 

決まりの1つとして、青空個展では、必ず作り手が売らなくてはならない、というものがある。

 

また、買い手側に対しても「あまりプライスダウンを求めないでください。」との決まりごとがある。

 

 

青空個展主催者の謳う「若手作家の支援」とは、単に物をリリースしてお金を稼がせることだけを目的とするものではなく、お世話好きとも言えるけど、買い手も巻き込みながら、作家の成長を促していくという面が強いように思う。

 

若手の作家を育てることを通して、その場に集まった者達が「手作り」の価値を高め、それを共有していこうというのが、共通した認識なのだ。とてもわかりやすい。 

 

 

一方で、主な目的を商業的に「手作り」という響きをブランディングする点に定め、それを利用し、さらにそれに食いつく側がいるという一連の風潮を目の当たりにした時、やや違和感を覚える。

勿論、自分が関わらなければ良いだけのことなのだけど、その存在自体が疑問なのである。

 

というのも、この参加規約を見てしまったからかもしれない。(→これ。)

 

企画名が、「HANDMADE MARKET」

いかにも、作家物の作品が好きな消費者をターゲットにしている。

 

んで、出品者向けの規約の中には、

「商品総額25万円以上(出品作品の単価合計)の納品を目安とさせて頂きます。」

「出品料は無料、販売手数料は商品金額の50%となります。」

「セレクトショップ形態での販売がメインとなりますため、(作家の)会期中の現地参加は必須ではございません。」

 

…って、これ、誰が参加するんだよ~!

 

いや、いらっしゃるんでしょうけどね。

これも、売り手と買い手の価値観次第ということだろう。

ただ、言わせてもらうと、某高級海外ブランドの靴なんかも、一応hand madeだよね。

メジャー過ぎない作家の作品に対する需要を想定しているはずなんだけど、消費者がそこに食い付くポイントをどこに見込んだんだろう。

商品が「大手の流通を通していない点」なのだろうか…。

 

しかし、悲しいかな、現実これだけの手数料を差し引かれる以上(規約参照)、作家側も結局大手の流通を通したのと変らないくらいの値段設定をせざるを得ないのでは。

結果、作品作りの枷になってしまって、「既成の商品」と変らない代物になってしまう可能性だって危惧される。

 デパートとしては、確実にテナント代を稼げる計算になるのだろうから、やってしまえというノリなんだろうけどね。

 

 

また、主催者がこの規約でもって作家を集められると見込んだ点はどこなんだろう。

「大手のデパート内での出店というステータスが与えられるよ。」という自信だろうか。 

 

若手作家の支援という目的が無い以上、この企画に参加するのは、実力のある作家に限られてくるんだろうけど、もし自分がこの企画に乗っかれるくらいの実力を持った作家であったなら、一等地でグループ展でもやるだろう。

 

 

 

 

「hand made」という響きが、一人歩きして、1つのブランドを築き上げる。

興味深くはあるので、時間があったら行ってみたいとは思う。

参加する側の需要と、買う側の需要。

この企画に、両者の思いはどんな風に絡み合っているのか。

 

 

 

もう一度立ち戻って、物を作る幸せと、好きな作家を見つけてその人の作品を愛でる喜びというものの本来の意味を考えてみたいと思う。

勿論、どんなスタンスであるべきかは、自分自身の価値観の問題であることを自覚しつつ。